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東京高等裁判所 昭和63年(ネ)2498号 判決

控訴人

乙野花子

右訴訟代理人弁護士

土肥倫之

土肥幸代

被控訴人

亡甲野太郎訴訟承継人

甲野晴子

亡甲野太郎訴訟承継人

甲野夏男

亡甲野太郎訴訟承継人

甲野秋子

右三名訴訟代理人弁護士

三宅省三

今井健夫

池田靖

今井春乃

内藤良祐

桑島英美

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実〈省略〉

理由

一まず、事実について判断する。

〈証拠〉によれば、控訴人は昭和二八年八月一一日訴外井上猛三郎からその所有にかかる本件土地を地上建物とともに代金二八〇万円で買い受けた事実及び次のとおりの事実が認められ、右認定に反する原審における甲野太郎及び控訴人の各本人尋問の結果並びに当審における被控訴人ら各本人尋問の結果はいずれも採用することができない。

「控訴人の妹の夫が甲野太郎であるところ、控訴人は戦後夫を失い、子供二人と海外から引き揚げて山口県徳山市に住み、太郎一家は茨城県日立市に住んでいた。そして、控訴人が本件土地と地上建物を買って一家で入居した後、昭和二八年一一月ころ太郎一家も上京して右地上建物に同居し、その二年位後から太郎が本件土地と地上建物の固定資産税を納付するようになった。控訴人は昭和三四年五月ころから一家で荻窪駅前の店舗で寝泊りするようになり、昭和三九年三月ころ白金台の公団住宅を買って転居した。控訴人は昭和四〇年一月二五日太郎に本件土地の地上建物を売り、本件土地も将来売買することにした。その際、控訴人は太郎に本件土地と地上建物の権利証〈証拠〉を渡した。太郎は控訴人の了解を得て昭和四〇年ころ本件土地上の建物を立て替えたが、本件土地の売買はさらに将来のこととした。控訴人は昭和六二年太郎に本件土地の売買を求めたところ、太郎は、時価では高くて買えないし安くで売買すると控訴人に贈与税が課せられることから裁判で名義を変更すると言って、控訴人の協力を求め、控訴人に対し、太郎が提起する本件土地の裁判で控訴人が太郎の所有権を争わなければ、八〇〇〇万円及び絵画一点を贈与すると約束し、控訴人が了承して、控訴人を被告として本件土地の所有権移転登記手続を求める本訴が提起された。本訴原審においては、太郎は今井健夫弁護士(被控訴人ら訴訟代理人)に委任し、控訴人は同弁護士の紹介した丙野次郎弁護士に委任し、丙野弁護士は本件請求原因事実を認める旨陳述し、控訴人は本人尋問において本件請求原因事実を認める旨供述し、贈与を受けた旨の抗弁にそう供述はしなかった。太郎は原審口頭弁論終結の六日後に死亡し、太郎の相続人である被控訴人らは控訴人が本件土地を所有していることも太郎が右贈与を約束したことも否定している。」

二控訴代理人は、原審において控訴人が本件請求事実を認め本件抗弁事実を主張したのは、太郎と通じてした虚偽の意思表示であるから、無効であると主張するが、訴訟行為には虚偽表示等の民法の意思表示の規定は適用されないから、右主張は失当である。

三原審における本件請求原因事実の自白が真実に反するものであることは、既に認定したとおりであるが、控訴人は、原審において、本件請求原因事実が真実でないことを承知の上で自白をしたものであるから、右自白は錯誤に基づくものということはできない。しかし、右自白には前記認定のような特異な経緯があり、右自白に対する太郎を含む被控訴人側の信頼をあくまで(自白が錯誤に基づかない限り)保護するのを正当とする事由に乏しく、このような場合には自白の撤回が許されると解するのが相当である。なお、本件訴訟の推移に照らすと、右自白の撤回は時機に後れた攻撃防御方法ということはできない。

したがって、本件請求原因事実の自白の撤回は有効であり、本件請求原因事実は控訴人において争うところである。

四本件請求原因事実については、以上認定したところにより認めることができないことは明らかであるから、その余の事実について判断するまでもなく、被控訴人らの本訴請求は理由がなく、棄却すべきものである。

五よって、以上と結論を異にする原判決を取り消した上で、被控訴人らの請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官渡邉卓哉 裁判官大島崇志 裁判官土屋文昭)

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